人間の知恵や才覚というものは大自然の働きに比べますと、実に小さいものであります。すなわち、人間の全生活を通じて、人知の働きはせいぜい万分の一で、残りの九千九百九十九は、天地自然の理の働きによって生かされているのであります。しかるに学問や知識が進歩してきますと、それのみに捉われて、人間は人間の力だけで立派に生きてゆけると考え、万に近い大きな力を軽視し、万に一つの心細い人知をもって生きてゆこうとするようになったのであります。今日、社会が進歩し、文化が発達したように見えながら、かえって、人間生活が苦悩にみちているのはこのためで、人間の今日もっている学問や知識が、最高絶対のものであると考えるところから起こる過ちであると思うのであります。